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お客様に寄りそう開発を目指して~プレイングマネージャ~ お客様に寄りそう開発を目指して~プレイングマネージャ~

GIS

本社 ICTセンター勤務お客様に寄りそう開発を目指して~プレイングマネージャ~

2000年入社

愛車:Harley-Davidson Flathead 1937 UL

2000年入社 / 愛車:Harley-Davidson Flathead 1937 UL

ナカノ人生ハイライト

まえがき

2021年9月1日にデジタル庁が発足され、まさに【DX推進待ったなし】の様相を呈している。

ここ数年で私たちの日常生活は間違いなく変わった。
アナログからデジタルの世界へと変わり、デジタル化されたサービスは大きく進化を遂げた。

さらに新型コロナウイルス感染拡大に伴い、デジタル化されたサービスの活用が頻繁に行われるようになってきた。
代表的なものはテレワークだろう。
単語そのものに馴染みがなかったものの、今や当然のこととして受け入れられている。
図らずも新型コロナウイルスの影響によりDXが加速することになったのである。

目まぐるしく環境は変化していく。
しかし当社は自社開発の利点を活かし、ユーザのデジタル化への取り組みにスピーディーに対応することで
時代の流れを先取りしてきたと自負している。

当社GISの基盤となるシステム開発のみならず、顧客ニーズの変化を先読み、
改良を重ねることから開発力を高く評価された技術者がいる。

優れたリーダーシップと、豊富なアイディアで要望の一歩先行く発想を持つ彼は
どのような人生を歩んできたのだろうか。

経歴、歴史

彼は自らのことを、没頭しやすく一つの物事に夢中になりやすい性格だと語る。

高校時代は部活動にのめりこんだ。
誰よりも朝早くから練習を始め、時には帰ってからも練習をするという熱心さだった。
その努力が実り、高校から始めたにも関わらず、県大会で準優勝の成績をおさめる。
だが、彼は準優勝では満足をしない。もう少し頑張っていれば、という悔しさをも滲ませる。

高校卒業後は情報系の専門学校へと進む。
そこでも夢中になるものを見つけた。
専門学校で学んでいるプログラミングなどとは全くジャンルが異なったが、勉強が疎かになってしまうほど夢中になったという。

卒業を目前に二つの道のどちらに進むか、人生の選択に迫られる。
迷いに迷ったのち、幼少時から【モノ作り】が好きだったこともあり、システム開発者への道へと歩みだしたのである。

社会人になってからは、上司や先輩の姿を見て学びながらがむしゃらに働いた。
開発とは関係のない部署に異動しようとも、当時から興味があったGISを自作できないかと試みたこともある。
しかし会社の方針というのは変わるもので、システム開発事業から撤退することになってしまった。
ずっと開発に情熱を注いできた彼は戸惑った。
そんな折、ひょんなことでナカノアイシステムを知り、「システム開発ができるのならどこへでも!」という気概で
新しい一歩を踏み出したのだ。

開発者として

システム開発者として歩み始めて30年。
この30年の中で、大きな転機となった出来事があるという。

それは、ナカノアイシステムに入社して4年目のこと。
着実に力を付け周囲からも認められ始めたある日、上司から呼び出しを受けた。
部署を横断してのプロジェクトチーム、そのメンバーに選ばれたのだ。

目的は【システムを用いた地図と情報の連携】。
Googlemap等の普及により今でこそ当たり前の技術となったが、当時はWindowsXPが流通し、
様々なデバイスのモバイル化や紙のデジタル化が進み始めた、まさにデジタル黎明期。
世の流れを先んじて動き出したこのプロジェクトは、彼と、そして会社の歴史に残る一大プロジェクトとなった。

システムを作る、と言ってもその構造は複雑だ。
【地図】と【情報】を連携させる、それは【地図】上に膨大な量の【情報】を散りばめ、
ユーザの意図どおり【情報】が表示されるようシステムが制御する、ということ。
そもそも、画面に映し出される【地図】、それ自体がシステムに合わせて一から作る必要がある。

システム開発者だけでは到達出来ず、かといって測量に精通した技術者だけでも不可能。
同じ会社に、異なる分野の専門家が集っていたからこそ踏み出せた道。

「一人じゃ到底終わらなかったよ」
それは、彼だけではなくプロジェクトメンバー全員が共通して抱いた感想だ。
お互いがお互いの持てる知識を総動員しながら、開発に没頭する日々。
その中で得た経験は、決して技術だけではなかった。

見事完成を迎えたシステムはその後、数多くのユーザから支持を受け、会社を代表するシステムへと成長する。
また、新たなシステムを開発する際のベースとして、その技術が受け継がれていくことになる。

あれから15年。
加速度的に進化を続ける世界でWindowsは11に、製品に使われる部品一つですらネットワークで管理され、
あらゆる用途の紙媒体は「ペーパーレス化」が当たり前の時代となった。
進化の波にさらされ続け、自身も進化を続けながら使い続けられていたそのシステムだったが、
限界はとうの昔に超えていたように思う。

失くす、という選択肢はなかった。
15年で積み上げられたシステムへの信頼は、リプレース=【新しい姿】へと生まれ変わる道を指し示す。

大役を任されたのは、生みの親ともいえる彼。
ただ、大掛かりになるかと思われたリプレースは、彼一人の手で、静かに始められた。

人を割く余裕がなかったのかといえば、そうではない。
加速度的に進化を遂げていたのは、世界だけではなかったからだ。

使い勝手とスピードに拘ること、自己満足にならないこと。
ユーザの声を聞き、ユーザの目線に立つことを第一とした開発。それが、30年歩み続けて辿り着いた、彼の流儀。
半年で作り上げられたプロトタイプは、充分周りを納得させる出来だった。

自ら得意と語る洗練されたUI。使い手の意図を組み、さらに1ランク2ランク引き上げ実装される機能。
ソースコードの無駄を徹底して省き、これ以上ないほど高められたレスポンス。
ユーザの要望を即座に取り入れアップデートし続けられるよう、ツールも充実させている。

あの頃の流れを踏襲するかのように、次世代システムのベースとなるべく進められたこのリプレースは、
わずか1年で正式版に至るというスピードで行われたのだった。

「マネジメントは苦手でさ」と彼は呟くが、変わらない根っこの部分が人間的な魅力となり、
培われた技術力とそれに裏打ちされた的確なアドバイスが、信頼に繋がっているのだと感じる。

好きこそものの上手なれ。
その姿に、惹かれない者はいないだろう。

人柄

管理職という立場でありながら自らも膨大な量の開発をこなし、その開発スピードは周りの誰もが驚くほどに速い。
だからと言って自らが率先して全てを請け負う訳ではない。
グループメンバーの特性を理解し、もう少し努力すれば達成できる絶妙なラインを見極めて作業を割り振る。
何かに困っていれば解決に向けて一緒に取り組んでくれるのだと皆が口を揃える。
無理をさせないということではない。
それぞれの成長を考えているのだ。

「優秀なメンバーが多いからあっという間に追い抜いて行って欲しいし、開発者としてのこだわりを持って
もっとアピールしてほしい。 何よりモノづくりを楽しんでほしいな。
困ったときにはいつでも相談するようにと言ってはいるけど、なかなか話しにくいのかな...」
常に周りを気遣う優しさを見せる。

そんな彼を部下たちはこう表現する。
戦国時代の大将が先頭を駆け抜けているかのように開発することを楽しんでいる。
ピンチの時にはスーパーマンのごとく駆け付けて助けてくれる。
誰もが知る英雄たちになぞらえ、【かっこいいナイスな上司】なのだと教えてくれた。

会社では開発に没頭する彼がプライベートでも同じく没頭するものがある。
趣味で乗っているバイクは80年以上前、第二次世界大戦前に製造されたもの。
「休日には妻とツーリングに出掛けて美味しいものを食べる。
バイクに乗るのがめちゃめちゃ楽しくて。 まとまった時間ができれば全国をまわってみたいな」

仕事だけではない。
プライベートだけでもない。
ワークライフバランスの手本を示すのもまた【かっこいいナイスな上司】たる所以なのだ。

あとがき

「こんなことを言ったら皆に怒られるかもしれないけど」
そう前置きした彼は出世することに拘っているわけではないのだと言った。
開発者として会社に必要とされ、開発の中心で結果を出し続けていきたいのだと。

「他社には負けないGIS、ユーザから使い続けたいと評価される魅力のあるGISを作っていきたい。
お客様に驚きを与えたいし、いいねと言ってもらいたい、その一心でやっているから」

現状に甘んじない気持ちが原動力となり彼の作り出す機能にも反映されているのだろう。


100年企業に向けて

「NAISなヒト」からのメッセージ

各分野で求められるニーズが変わっていく中で「一丸」となれる組織であること。

日々の業務では各分野でしっかりとした技術力を身に着け、その技術力を土台にお客様だけではなく社内にも目を向け、
横断的に課題に対して改善・解決への取り組みを行うことで、そういった関係性を築いていくことができると考えています。

これからもナカノアイシステムの製品を選んでいただけるよう驚きと魅力ある製品を開発し提供してまいります。